辺境にて

中東のどこかからつづる日常と思考の記録

2026年、わたしは何が起きればいいのでしょう -朝のライブ配信と過去のブログ発掘

おはようございます。今朝は、朝のライブ配信をするシリーズ、「AKIKOの声日記」の2日目を収録しました。

昨日やりたいなと思っていた「朝起きてすぐにスマホの通知を見ない」という目標を、無事に達成することができました。
まずはコーヒーを淹れて、ゆっくり飲んでから、見たいものを見に行く。
自動的に情報に振り回されるのではなく、自分から受け取りに行くというペースを作れたことが、とてもうれしいです。

朝6時半頃に起きてベランダから外を見ると、ちょうど日が昇ってくる時間帯で、光が多くてとても綺麗な景色でした。
睡眠時間もちょうど7時間くらいで、気持ちのいい朝のスタートを切れたような気がします。

朝の心地よいスタートと「1001のバイオリン」

今朝はスマホのアラームで目を覚ましたのですが、その時に流れる音楽がとても気に入っているので、少しご紹介させてください。
わたしが最近アラームに設定しているのは、ザ・ブルーハーツの「1001のバイオリン」という曲です。
「1000のバイオリン」をご存知の方は多いかもしれませんが、こちらはオーケストラアレンジのバージョンなのです。

冒頭の始まり方がとても優しくて、緩やかに目覚めながら、だんだんと気持ちが盛り上がっていく感じが、朝のアラームにぴったりだと思います。
「面白いことをたくさんしたい」という歌詞の気分が、はてなブログを再開して、毎日何を書いてやろうかと少しワクワクしている今のわたしの気持ちと、ばっちり合っている気がします。
もしよかったら、ぜひ聴いてみてくださいね。

「1001のバイオリン」はYoutubeのザ・ブルーハーツ公式にはみつからなかったので、探してみてください!

1000のバイオリンはこちら。

youtu.be

過去の自分を配置して、今の自分を応援する

こうして朝にライブ配信をして、それをLISTENの「声日記」に残し、さらにはてなブログの記事にする。
そして、そのブログの記事をまた声日記の中で振り返って紹介する。
なんだか「入れ子」のようになっていて、わたしはすごいスーパーリサイクラーだなと、自分でも少し面白く感じています。

これは自分を応援し、勇気づけるための仕組みなのだと思います。
過去の自分や、自分の小さな欠片をいろいろなところに配置しておいて、それらを結集して今の自分を応援する。孫悟空が髪の毛をふーっと吹いて分身を作るような感じで、あちこちに仕込んだ自分の言葉に助けられているような気がします。

「ミイラ取りがミイラになる」とはどういう状況か?

話は突然かわりますが、きのう、ふと「ミイラ取りがミイラになる」という言葉を思い出しました。ポッドキャストのヘビーリスナーだった人が、いつの間にか自分でも配信を始めたり、ライブ配信までやってしまったりして沼にはまっていく。
これは「ミイラ取りがミイラになる」状況なのかな、いや、なにかちがうかな、と思ったのです。

チャットでリスナーのナナさんや田中さんとやり取りをする中で、いろいろな気づきがありました。
「ミイラ取りがミイラになる」という言葉には、本来の目的を果たせずに相手に取り込まれてしまうという、少し滑稽で「ちゃんちゃん」と終わってしまうようなニュアンスが含まれているようです。
だから、新しくポッドキャストの活動に夢中になっていく前向きな感じとは、ちょっと違うのかもしれないですね。
朝からこんなことを真剣に考えて、リスナーの皆さんと交流できたのがとても楽しかったです。

過去のブログからのメッセージと「クリーンランゲージ」

今日は、2016年に書いた自分のブログ記事を発掘して、少し読んでみました。
ひとつは「メタファの力、絵の力」という記事で、自分の中にある「卵」や、そこから伸びる「アルガンの木の根」のメタファについて書いていました。

ikiru.hatenablog.jp


もうひとつは、「クリーンランゲージ」という質問術について学んでいた時の記録です。

クリーンランゲージとは、評価や判断、先入観を持たずに、話し手自身の気づきが深まることを支援するための手法です。
その記事の中に、こんな質問の例が書かれていました。
『あなたは何が起きればいいのでしょう』

2026年、わたしは何が起きればいいのでしょう

この質問に出会えてよかったです。
最近のわたしは、仕事などで「どうやったらうまくいくんだ」「どうしたらいいんだ」と、方法(How)ばかりを考えすぎていたことに気がついたからです。
「どうやったら」という問いを頭に置いていると、手を変え品を変え、策を練るばかりで、少し苦しくなってしまうのですね。だから、「どうやったら」という質問は少し手放して、「何が起きればいいのでしょう」という問いに切り替えていきたいと思いました。


「2026年、わたしは何が起きればいいのでしょう」


何が起きたら、わたしは幸せで充実していて、今年の終わりに「いい1年だった」と笑えるのでしょうか。この問いを心の中で転がしながら、これからの日々を過ごしていきたいなと思います。