旅人の書

旅するように生きよう。

休日には、部屋を片付けながら、本を聴こう―世界で大人気の「こんまりメソッド」をAudible(オーディブル)で―「人生がときめく片付けの魔法」(近藤麻理恵著) 

「こんまり」こと、近藤麻理恵さんによる、「人生がときめく片付けの魔法」。初版発行は2010年。日本では、少し前に流行した本、という印象でした。ところが、どっこい、2019年に「こんまりメソッド」 "Konmari Method"は、世界の流行語となります。

 

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シリアから国境を越えイラクの難民キャンプへ

イラククルド自治区には、10月14日からシリア北東部(トルコ国境に近いラスアルアイン、カーミシュリ、ハッサケなど)からの難民が継続的に入ってきています。UNHCRを中心とした人道支援団体と、イラククルド自治区政府が、緊急人道支援として、難民キャンプへの受け入れを行っています。

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イラク北部のシリア難民キャンプ「バルダラシュキャンプ」の様子

トルコのシリア領域(ロジャヴァ西クルディスタン移行期民生局」)内の侵攻

2019年10月の以下のような政治的動きが、イラクへの難民流入の背景になっています。

 

10月7日 トランプ政権がシリア北東部からの撤退を発表

10月9日 トルコ軍がシリア領域内でクルド人部隊の掃討作戦を開始

10月17日 トルコが一時停戦に合意(しかし小規模の攻撃が継続)

10月22日 トルコ、ロシア、アサド政権がシリア領域内のトルコの国境地帯からクルド人勢力を排除することを合意(ソチ合意)

 

国際政治的な背景については、より詳しく知りたい方は、例えば下記のようなキーワードで検索してみるとよいでしょう。

米軍シリア撤退 トルコ国境 安全地帯 シリア民主軍 SDF クルド人民防衛隊 YPG クルド労働者党 PKK 

また、例えば、以下のリンク、地図もはいっており、わかりやすいと思われます。

www.jiji.com

 

この侵攻により、これまで(2019年10月14日~12月1日まで)に、シリア国内の国内避難民は30万人以上、イラクへの難民は1万7千人を超えると言われています。

イラク北部クルド自治区の難民キャンプ

イラク北部のクルド自治区は、イラク内では比較的治安が安定しています。

2013年からのシリア国内のISIS台頭時に多くのシリア難民(主にクルド人)が避難してきており、現在に至るまで長期化する避難生活を送っていました。

2019年9月の段階では、エルビル州に4か所、ドホーク州に4か所、スレイマニア州に1か所のシリア難民キャンプが設置され、さらに難民キャンプではなく町の中に暮らすシリア難民を加えると、23万人以上のシリア難民がイラククルド自治区での避難生活を送っていました。

 

※統計データについては、下記のUNHCRのサイトが参考になります。

https://data2.unhcr.org/en/situations/syria/location/5

2019年10月に新規設営・拡大されたシリア難民キャンプ

今回のシリアのクルド人地区トルコ侵攻による緊急人道危機に対応するために、イラク政府(特にクルド人自治政府)と、UNHCRを中心とする国連は、2つの難民キャンプで新規難民の受け入れを行っています。

  • バルダラシュキャンプ(Bardarash Camp)
  • ガウィランキャンプ(Gawilan Camp)

 以下は、わたしの所属するNGOが取材の側面支援を行ったジャーナリストの方々の記事及び映像です。特に動画は、難民キャンプの雰囲気が伝わると思います。ぜひみてみてください。

 

 

書評 「ザ・メンタルモデル 痛みの分離から統合へ向かう人の進化のテクノロジー」(由佐美加子、天外伺朗著)

「ザ・メンタルモデル 痛みの分離から統合へ向かう人の進化のテクノロジー」(由佐美加子、天外伺朗著)という本を読みました。

 

この本にはメンタルモデルの4類型が紹介されています。

・「価値なし」モデル

・「愛なし」モデル

・「ひとりぼっち」モデル

・「欠損・欠陥」モデル

 

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マルセイユタロットで自分占い

マルセイユタロットってご存じですか?

 

わたしは、4,5年前に、集中してコーチングや傾聴のトレーニングを積んだ時期がありました。その時のコーチングの勉強は、自分の内側をみつめること、いつもは隠している自分の感情を感じること、自分が心の底から願っていること、望んでいることを知ることという、練習へとつながっていきました。

 

そのころ、集中して練習をしたことが、いまの日々の暮らしの中にも深いところで息づいているのですが、具体的なテクニックを意識的に日常的に使うことからは、最近遠ざかっていました。

 

最近、仕事で忙しくストレスフルな状況になってしまって、自分に余裕がなくリラックスができず、もっとケアが必要だなと思う状況になっています。そんな中、毎日の習慣とし、無理なく続けられることは何かなと考えた時、マルセイユタロットの一枚引きの占いを、久々にやってみましょうと思いつきました。

 

わたしにとっては、このタロット占いは、自分一人でできる「傾聴」の練習です。今まで1週間続けてみて、楽しいし、よい効果を感じています。継続することで「傾聴の筋トレ」ができそうで、長く続けたいと思います。

 

そして、自分の心の傾聴なので、他人に見せたり聞かせたりするためではないのですが、ひとりでやっていても続かないし、自己開示や発信の練習としてもちょうどよいことから、録音音声をYoutubeにアップしております。

 

少なくとも、自分自身にとっては、後で聞き返しても役にたちそうです。

 

マルセイユタロットに興味がある方、自分占い、ひとりで傾聴ってどうやってやるんだろうと思う方に、事例として参考になったらいいなと、こちらにアップしてみますね。

 

「今日(休日)を満足できる一日にするためには」

というテーマで占っています。

 

もし興味がある方には、Zoomやスカイプで接続して、占いを提供してもいいな。占いますよ、というよりは、「自分占い」のファシリテーションをします、という感じかな。

 


マルセイユタロット自分占い 8「悪魔 正」

理想のおばあちゃん

今週のお題「理想の老後」

はてなブログ今週のお題「どんな老後を過ごしたい?」でブログを書いてみることにしました。以前もお題で書いてみた時に、いつもより読んでいただけたようだったので、うれしかったです。読者がいないとブログを継続するのがつらくなるので、「お題ライティング」、ブログの練習に、ちょうどいいですね! 

さて、「理想の老後」といって、まず思い浮かんだのは、おととし、106歳で亡くなったわたしの父方の祖母。とても、大きなおばあちゃん。大好きでした。尊敬していました。わたしは祖母に顔も性格も似ているところがあると、人にも言われるし自分でも思います。自分を好きになれないとき、自信を失ったときには、「でも、わたしはあのおばあちゃんのまごで、おばあちゃんに似ているのだから」、と考えると、少し希望が湧いてきます。

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いねおばあちゃん100歳の誕生日の年。敬老の日に総理大臣から表彰状が届きました。

おばあちゃんはどんな人だったか。どんなところが好きだったか。どんなところを尊敬していたかを書いてみます。

 

・とても聞き上手。おばあちゃんの周りにはゆったりした空気が流れていて、しぜんに人があつまってきます。何もするでもなく、何を話すでもなくても、おばあちゃんの近くで何時間でも過ごすことができます。そして、おばあちゃんに何を話しても、評価されるでもなく、アドバイスしてくるでもなく、ゆったりと話を受け止めてくれました。

・100歳を超えても、和紙で日本人形を作ったり、縫物、編み物をしたり。いつも、シャンとして、何かをしていました。祖母のまわりには、いつもすっきりした空気が流れていました。服装も、何も贅沢をしているわけでもないけれど、すっきりとした素敵な服をきていました。あれは、若いときに買ったり作ったものだったのかな。服装も姿勢も決して、だらっとしないんですよね。

・明治生まれ。戦前、戦中、戦後の大変な時代に、うちの父を含む7人の子どもを育てました。夫(わたしの祖父)は、わたしの父母が結婚するころに亡くなったみたい。祖母は長く保険の営業の仕事をしていたみたい。苦労の多い人生だったと思いますが、いつも他人のことばかり気にかけ、自分に関する愚痴や弱音は聞いたことがありません。負けず嫌いで、意思が強い。

・心が広くて、大きくて、簡単にはJudgeしない。褒められた記憶はありますが、価値観を押し付ける、という感じではないのです。それぞれの人の、それぞれの個性に合わせて、見守ってくれる、肯定してくれるという褒め方。そして、無駄口はたたかない。余計なことは言わない。

 

こうして書いてみると、おばあちゃんの好きなところは、「空気」とか「あり方」につながっているような気がします。おばあちゃん自身は、ただいるだけで、その周りに影響を与える存在。

 

年をとれば、誰でも身体は動かなくなるし、できないことが多くなる。何かを「する」ということによって、まわりに貢献したり、影響したりすることは難しくなる。

そこにいること、存在、在り方によって、周りの人々が、気持ちのよい空気を感じることができるような、そんなおばあちゃんにわたしもなりたいです。

イチロー引退記者会見

イチローが今年3月に引退したことは知っていました。しかし、引退会見は、今日まで観られていませんでした。

その引退会見を先ほど見て、聞いて、感動しています。放置気味のブログについ即座に書きこみたくなってしまうほどに。

これ、どうして今まで見なかったんだろう!そして、今日見られてよかった!

色々な人に、伝えたいです。これは、とても貴重な会見です。ぜひ、みんな観た方がいいですよ。

 


【全編】イチロー選手が引退会見「後悔などあろうはずがない」(2019年3月21日)

 

感動、感銘のポイントはいくつもありますが、いくつかひも解いてみたいと思います。

向き合ってきた人の言葉

全体を通じて、イチローの言葉、表情、そして語り方から、「ああ、これは本当に向き合ってきた人の言葉だ」と感じました。

イチローが向き合ってきたもの、それはもちろん、野球。そして、絶え間ない練習、プレッシャー、自分の身体、大リーグでの挑戦、、、数しれないものごとに向き合ってきた人なのだと思います。そして、何よりも、それらのすべてを通して、彼は自分自身に、目を背けずに、まっすぐに、向き合ってきた人なんだ、ということを改めて感じました。

自分自身に向き合うということは、弱い心ではできないです。良いときも悪いときも、自分の強さと弱さ、明暗、心身の変化の細部に至るまで、くもりのない目で見つめて、一つ一つに、対処、対応をしていく。

彼はよく自分は天才ではない、と言い、それに対して、いや彼は「努力の天才なのだ」あそこまでの努力を継続できるということは、凡人にできることではないのだ、と言われていますが、努力を継続するというのは、言葉を変えれば、自分に向き合い続けるということだと思います。

言葉に自分をのせる

すべての質問に対して、彼は反応的には、答えない。時々、質問の一部分に対して、質問の途中で軽い冗談のように口をはさんでいる場面はありましたが、そういう場合でも質問の本筋自体をちゃかしたり、交わしたりはせず、まずは質問をしっかりと受け止めて、自分の中にその質問を浸透させてから、自分の内側から言葉を紡ぎだしているように見えました。

ゆっくりの語り口と相まって、大変誠実な答え方に見えました。誠実というのは、先ほど書いたことと重なることですが、必ずしも相手にたいしではなく、まずは何よりも自分自身にたいして、正直で誠実なのだと思います。

そのようにして、いったん受け止めたかみしめた質問に対して、自分の内側から出てくる言葉で答えた回答は、単なる言葉ではなくて、イチローという人間がしっかりとのった、重みのある言葉になっている。

イチローは、軽妙な受け答えやはぐらかしもできる人という印象がありましたが、この記者会見における彼は、質問者の意図も、自分自身の表現も、両方を大切にし、誠実に丁寧に回答していると感じました。

内側に確固たる自分の芯があり、そのまわりで常に思索を巡らせている人でないと、こういう回答の仕方はできないと思います。

野球を通して生き方を描く

彼ほどの一流のスポーツ選手ともなれば、野球選手や野球ファン以外への影響力も大きいため、野球だけでなく、生きていくということの全般に対するメッセージを求められる機会も多くなるのだと思います。この記者会見の中でも、そういう方向性の質問がありました。

しかし、彼は、そういう質問に答えるときも、「自分自身が野球を通して経験したこと」という文脈を、決して外しませんでした。生き方のメッセージを、単なるコメンテーター、アドバイザー的に語ることはしませんでした。野球と、自分と向き合ってきた、イチローが語るからこそ、重みがある。伝わる。彼が自分自身に何度も言い聞かせてきたのだろう思われることがを、メッセージとして、心をこめて、やや目を潤ませながら、自分自身の内側から大切にとり出してきた言葉で語る。

引退会見という大切な機会だからこそ、彼は、この会見の中で、一貫して、そういう姿を見せてくれました。これは、いかにイチローといえども、気軽に頻繁に見せてくれる姿ではないと思います。ですから、この引退会見は、ほんとうに必見なのです。

 

わたし厳選のハイライト

全部見る時間のない方のために、ハイライトを。

 

0:5:56-  子供たちへのメッセージ

「野球だけでなくてもいいんですよね、はじめるものは。自分が、熱中できるもの、夢中になれるものを見つけられれば、それに向かってエネルギーを注げるので。そういうものを早く見つけてほしいと思います。それが見つかれば、自分の前に立ちはだかる壁に向かっていける、向かうことができると思う。それが見つけられないと、壁が出てくるとあきらめてしまうということがあると思うので。まあ、いろんなことにトライして、自分に向くか、向かないか、というよりも、自分が好きなものを見つけてほしいなあという風に、思います。」

 

0:15:15-  肩の力を抜くこと/楽しいか

「子供のころから、プロ野球選手になることが夢で、それがかなって、最初の2年、18、19のころは、1軍に行ったり、2軍に行ったり。そういう状態でやっている野球は結構、楽しかったんですよ。94年、3年目ですね、仰木監督と出会って、レギュラーで初めて使っていただいたわけですけれども、この年まででしたね、楽しかったのは。あとは、なんかね、そのころから急に番付を上げられちゃって、一気に。もう、ずっと、それはしんどかったです。やっぱり、力以上の評価をされるというのは、とても苦しいですよね。

だから、そこからはね、もう、純粋に楽しいなんていうことは。もちろん、やりがいがあって、達成感を味わうこと、満足感を味わうこと、たくさんありました。ただ、じゃあ楽しいか?というと、それとは違うんですよね。でも、まあ、そういう時間をすごしてきて、将来は、また楽しい野球をやりたいなというふうに。これは、皮肉なもので、プロ野球選手になりたいなという夢がかなったあとは、そうじゃない野球を夢見ている自分が存在したんです。でもこれは、中途半端にプロ野球生活を過ごした人間には、おそらく待っていないもの。趣味で野球を、たとえば草野球に対して、プロ野球でそれなりに苦しんだ人間でないと、草野球を楽しむことはできない、というふうに思っているので。これからは、そんな野球をやってみたいなというふうな思いですね。」

 

21:05  この開幕シリーズは楽しかったか

これも純粋に楽しいということではないんですよね。やっぱり、誰かの思いを背負うということは、それなりに、重いことなので、そうやって1打席、1打席立つことって、まあ、簡単ではないんですね。だから、まあ、すごく疲れました。

やっぱり、一本、ヒットを打ちたかったし、応えたいって、まあ当然ですよね、それは。僕にも、感情がないと思っている人がいるみたいですけれど、あるんですよ。意外とあるんですよ。だから、結果を残して、最後を迎えたら、一番いいなと思っていたんですけど、それはかなわずで。それでも、あんな風に、球場に残ってくれて。。。

まあ、そうしないですけれど、死んでもいいという気持ちは、こういうことなんだろうな、というふうに、思いました。死なないですけど。そういう表現をするときって、こういうときなのかなというふうに、思います。」

 

0:24:00-    有言不実行と言葉にすること

「最低50歳までと本当に思っていたし、まあでも、それが叶わずで。有言不実行の男になってしまったわけですけれど。まあ、でも、その表現をしてこなかったら、ここまでできなかっただろうなと思いもあります。だから、言葉にすること。難しいかもしれないけれど、言葉にして表現することというのは、目標に近づくひとつの方法ではないかな、というふうに思っています。

 

0:26:00-  生き方

人より頑張ることなんて、とてもできないんですよね。あくまでも、はかりは自分の中にある。それで自分なりに、そのはかりを使いながら、自分の限界を見ながら、ちょっと超えていく、ということを繰り返していく。そうすると、いつの日か、こんな自分になっているんだという状態になって。だから、少しずつの積み重ねが、それでしか、こう、自分を超えていけないというふうに、思うんですよね。一気に高みにいこうとすると、今の自分の状態とのギャップがありすぎて、それが続けられない、とぼくは考えているので。

まあ、地道に進むしかない。まあ、進むというか、進むだけではないですね。後退もしながら。あるときは後退しかしない時期があると思うので。でも、自分がやると決めたことを信じてやっていく。でも、それが正解とは限らないですよね。間違ったことを続けてしまっていることもあるんですけど。でも、そうやって遠回りすることでしか、なんか、本当の自分に出会えないというか。なんか、そんな気がしているので。そうやって自分なりに重ねてきたことを、今日のゲーム後のファンの方の、気持ちですよね、それを見た時に、ひょっとしたら、そんなところを見ていただいていたのかなという風に、それが嬉しかったです。まあ、そうだとすれば、すごくうれしいし、そうでなくても嬉しいです、あれは。」

 

1:20:00-  孤独感、外国人になる体験

アメリカに来て、メジャーリーグに来て、外国人になったこと、アメリカでは僕は外国人ですから。このことは、外国人になったことで、人の心をおもんぱかったり、人の痛みを想像したり、今までなかった自分があらわれたんですよね。この体験というのは、まあ、本を読んだり、情報をとることはできたとしても、体験しないと自分の中からは、生まれないので。孤独を感じて、苦しんだことも多々ありました。ありましたけど、その体験は、未来の自分にとって、大きな支えになるんだろうと、今は思います。だから、つらいこと、しんどいことから逃げたいと思うのは、当然のことなんですけれど、でも、エネルギーのある元気なときに、それに立ち向かっていく、そのことが、すごく、人として重要なことではないか、というふうに感じています。

 

 

 

 

 

 

わたしの理想の彼氏

2015年に離婚した少しあとで、こんな詩を作ってFacebookにアップしてありました。われながら、なかなかの力作、名作だと思っているのです。

何を探しているのかがわかれば、見つかる可能性も高まるはず、と期待していたのですが、残念ながら、いまだに出会う気配がまったくないので、掘り出してここにアップしておくことにしましょう。

 

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